制度改正の前に「贅肉落とし」が必要な生活保護な件について

 「支給額<最低賃金の制度化」や「普及額の削減推進」、「受給資格の厳格化」、「支給金用途の限定化」は言うに及ばずだけど、利権の温床になる恐れがあるとしてこれまで見送られてきた現物支給制の開始、「本来受給資格が無い層」への支給停止も真面目に考えないといかんでしょう。

 平時であっても、人は易きに流れるモノ。ましてや、不景気の現在に於いておや。社会的弱者ないしそれを装う輩の「良心」を前提にした生活保護の制度運用は、もう限界に来ている。3.11など不慮の大規模天災の被災者や高齢者、高度の傷病者や障害者はともかく、健康や年齢面で労働力足りえるのに自発的に労働を忌避しているような層には、生活保護以外のセーフティネットを整備・運用すべきと思う次第。

 もっとも、同制度の運用改善の前提にできないのは、彼らの良心だけじゃなく知的レベルもなんだけどね。例えば、日本でフードチケット制がうまく機能しないorしないと見做されているのは、栄養学をまともに理解できないレベルの連中にこの手のチケットを与えると、高カロリーな加工食品ばかりに手を出したついでに余ったチケットを闇に流すことが、アメリカの実態や過去の経験則で分かっているから。

 で、この連中は、栄養バランスの欠けた食生活とチケット横流しで得たカネによる飲酒&博打で健康を害して医者の世話になるんで、医療費経由で結局税金の負担を増やすだけと。その意味で、日本の生活保護施策の一環として、フードチケットが本格採用されなかった事情は理解できる。全員が全員とは言わないけど、生活保護に依存してしまう層には、そういう「堕ちるべくして堕ちた」連中が一定数必ずいる以上、自爆的な要素がある施策は採り辛い。

 詰まるところ、そういう「社会の贅肉」が生活保護の効率化を阻害する一因となっているのは、否めない事実。生活保護制度の問題については、弊ブログでもこちらのエントリーなどで何回か触れているけど、制度面の改正もさることながら、もっと根本的な「社会の贅肉」落としをやらない限り、問題の解決には至らないと最近つとに思いますな。

 ダイエットによる減量にしろ、外科手術による切除にしろ、この贅肉落としは時間がかかるし、多分犠牲者も出る。でも、今のまま現状を放置すれば、システム全体がオジャンだ。それだけは避けなければならない。高福祉国家の姿は理想だが、それも現実社会のバックボーンがしっかりしていればこそ。顧みて今の日本の現実はどうか。為政者だけじゃなく神楽を含む社会構成員全体としても、決断しなければならない時は近づいていると思いますが、さて。

生活保護受給、過去最多に=7月、不況で205万人超―厚労省

 今年7月に生活保護を受けた人が、1951年度の204万6646人(月平均)を超え、過去最多を更新したことが5日、明らかになった。受給者数は前月(204万1592人)よりも1万人程度増加し、205万人を突破したもよう。厚生労働省が9日にも、関連の集計値などを盛り込んだ福祉行政報告例を公表する。

 景気や雇用情勢が好転しない中、多くの人が経済的に困窮していることを改めて示した形で、就労支援の強化や生活保護に陥る前のセーフティーネットの重層化など、国はさらなる貧困対策を求められそうだ。

 受給者数がこれまで最も多かったのは、戦後間もない51年度の204万6646人。経済成長とともに徐々に減少していき、95年度には88万2229人と底を打った。その後、不況などにより受給者数は増加に転じ、2008年のリーマン・ショックを引き金に急増した。 

(11月6日 時事通信)

 とにかく仕事だよ。仕事。お金もそうだけど、社会の構成員として自覚と安心を持てるような仕事を薄く広く作り、それを自立と自助のために必要とする対象者に付与するんだよ。極論すれば、一種の洗◎と言うか社会的な再教育プログラムとして。これらの施策は、効率化一辺倒で余裕を無くしている多くの民間企業にとって難しい「仕事」。だから、こういう時こそ、政治の出番なんだけど…しまった。ここが今一番無駄な「社会の贅肉」の集積場なのか。切腹(苦笑)。

 ここで「オニクオドル」を紹介。


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ラストのシーンって、もしかしてJR大宮駅の西口周辺がモデルなの?>僕は友達が少ない。あと蛇足ですが、今日の「HUNTER×HUNTER」。寿司エピ削るとか、改悪にも程があるだろ。

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