<スハルト氏死去>日本の関係者「功罪」指摘

 まさに功罪相半ばな巨人。正直彼に関しては、「後世に」その評価は問わなくてはならんかなーと思っておりますので、今はノーコメント。どーでもいいけど、やっぱり出てきたか、デヴィ夫人(笑)。

 インドネシアの「開発の父」と言われたスハルト元大統領が27日、亡くなった。祖国の発展に貢献する一方で「独裁者」の側面もあったスハルト氏。ODA(政府開発援助)を通して日本との関係も深く、国内の関係者からも「功罪」を指摘する声が相次いだ。

 冷戦時代、スハルト氏は国の方向を西側諸国に向けかじをきり、開発に力を入れた。68年3月、大統領として初来日し、佐藤栄作首相(当時)と会談。「わが国の経済再建、政治安定のためには、日本に頼るところは最も大きい」と訴えた。

 実際、日本からは多額のODAがあったが、村井吉敬・上智大教授(東南アジア社会経済論)は「スハルト政権維持のために、日本の政財界はかなりの貢献をした。『罪』の部分についての責任は、日本にもある」と指摘している。

 例えば、東ティモール侵攻など、独裁的で軍事色の強い政権運営。独立権利の支援などをしてきた「大阪東ティモール協会」事務局長の松野明久・大阪大教授(国際公共政策)は「東ティモールのインフラを整備し、教育水準を向上させたが、侵攻は正当化できない。同じ歴史を繰り返さないためにも、本人から侵攻の真実を聞きたかった」と話す。

 スハルト氏に政権を奪われた、と主張するスカルノ元大統領の第3夫人・デヴィ夫人は「国父であったスカルノ元大統領を3年間も幽閉し、非業の死に至らしめた罪は重く、個人的には許せない」と話した。【永井大介、林哲平】

(1月27日 毎日新聞)

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