教訓に学んで欲しいとしか言いようのない「大川小の悲劇」

 地震直後の貴重な40分を小田原評定に費やした学校側の判断は、確かに間違っていた。その意味で、大川小及び教師一同は非難されざるを得ない。

 しかし、経験とマニュアルでしか(立場上も含めて)判断できない人間に未体験の事態への判断を任せるのは、どんなケースであっても危ういもんだ。まして、今回の場合、他に判断してくれる人間がいない中、判断に適さない人間に判断を任せた時点でトラぶって当然。上手くいけば御の字だった中で、上手くいかなかった方の最悪の極致に至ってしまった。その意味で、大川小は児童から教師まで総じて不運であったとしか言えない。

 非常時の判断の間違いを、平時において他者が非難するのは簡単。しかし、それは間違いの責任を当時の現場に押し付けるだけで、とても建設的とは言えない。今残された者に出来ることと言えば、被害者の冥福を祈ることと、「個人的悲劇」と「歴史的震災」を共に経験したという事実を、次の世代への教訓として活かすことだけだ。

大川小の避難先巡り、市教委が責任認め謝罪

 東日本大震災の津波で宮城県石巻市立大川小学校の全校児童の約7割の74人が死亡・行方不明になったことについて、同市教委は18日、学校の危機管理マニュアルに津波を想定した2次避難先が明記されていなかった点で責任があると初めて認め、父母らに謝罪した。

 同市内の葬儀場で営まれた合同供養式で、市教委の今野慶正事務局長は「学校が定めた防災計画を点検・指導するなど津波への危機意識を高めておくべきだった。本当に申し訳ありません」と謝罪した。

 市教委は昨年2月6日付の文書で市立学校に対し、津波に対応する2次避難場所を選定するよう求めていたが、大川小が作成したマニュアルには「高台」というあいまいな記述しかないのに、市教委は点検、指導していなかった。

(6月18日 読売新聞)

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