校長が自殺、児童のたかり行為を正確報告せず…北九州

 12日午後3時ごろ、北九州市八幡東区山路松尾町の雑木林で、同市立小学校の男性校長(56)が、ビニール製のひもで首をつって死んでいるのを県警八幡東署員が発見した。同署は自殺とみている。

 校長が勤務していた学校では、5年生の女児(10)に対する同級生らのたかり行為をいじめと認識しながら、同市教委に「児童間の金銭トラブル」と報告し、いじめの実態を隠していたことが11日に報道された。校長は同日、記者会見し、「いじめと認識しながら、市教委に正確に報告しなかったのは事実。私の怠慢であり誠に申し訳ない」と話していた。

 調べによると、現場近くの路上に校長のワゴン車がとまっており、遺体は北東に約70メートル離れた林の中で見つかった。ワイシャツにジャンパーを羽織り、背広のズボンをはいていた。遺書は見つかっていないという。

(読売新聞) – 11月12日

 履修偽装、いじめ、自殺&自殺予告etc…の連鎖の中で続く、学校長自殺の連鎖。敢えて死者を鞭打つようなことを申しますが、「同じ責任を取るにしても生きて取れよ」と彼らor予備軍には言いたいですね。安易に死に逃げるな、残した者に処理を丸投げするな、自分の死に免じて事態を収拾させてくれor当事者は反省してくれなどという無責任なことを言うな、と。

 少なくとも子供からすれば、自殺者のそういった事情や感情は理解できても、結局のところ「自分達へのあてつけ」としか受け取れませんよ。自分達の手の届かないところで自己完結されて「校長の死はお前らのせいだ!」なんて事後に糾弾されても、彼らにはどうしようもないんだから。当初こそショックと責任を感じるかもしれませんが、償いのしようのない袋小路の中、最終的に彼らは「自己弁護」な心理に走るしかないじゃないですか。

 それとも、そんなのはどうでもよくて「連中に逃げを許さず、責任を感じさせ続けるのが目的だ」「悪ガキどもは一生罪を背負って苦しんで生きろ」とでも?。それは教育者の論理じゃないですな。

 ともあれ、今「該当する」先生たちに言いたいのは一言「生きろ」。目先じゃなく二手先の責任を取るために。

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