当事者と関係者

http://column.chbox.jp/home/kiri/archives/blog/main/2006/08/03_054106.html

 今回の「亀田興毅と不愉快な仲間たち」の茶番を、放送行政はじめ政経その他の周辺要素との関係の下で読み解こうとしている切込隊長氏のコメント(あるいはコメントしようとしている姿勢)は興味深いものであり、また主張の過半において同意できるものです。亀田ブームに乗ったミーハーボクシングファンの浅薄さや彼ら彼女らが奏でる狂想曲の滑稽さを単に嘆くのではなく、彼ら彼女らを亀田ブームで躍らせて利を得ている連中(≒TBSとそれに群がる亡者どもその他)の正体と狙いを追求することこそ、一連の茶番の悪影響をこれ以上拡げないための第一歩だからと思いますから。

 ただ、ライブドアや村上ファンドの摘発やフジテレビやTBSを守る動き(以下、前者)と、今回の亀田ブームの顛末とその背景(以下、後者)とを同軸上で比較・検証しようという姿勢には少し違和感があります。

 前者においてホリエモンや村上被告がパージされたのは、彼らが彼らの属するor属すべきバリューチェーンから逸脱した行動を取ったからです。彼らをパージする主体となったのは、彼らの利害関係者とその利害関係者の意を汲んだ&利用した圧力集団・組織です。そして、事を決したのは関係者間の利害の多寡そしてパワーバランスです。そこには「放送業界の防衛」といった高邁な思想なり目的はありません。抗争の場がメディアとなったのは、パージされた側にとって、メディアが食指を伸ばすに足るビジネス対象であったからに過ぎません。このケースにおいて、当該メディアは当事者ではあっても、バリューチェーンの関係者には含まれて居ません。

 一方、後者の亀田ブームの場合、これだけバッシングされても、亀田一派はバリューチェーンの重要なパーツであり続けています。何故なら金の卵を産む鶏は不細工であってもor不細工にされても卵を産み続ける限り重宝され、その卵から生まれた視聴率は神様で、鶏を握っているヤクザはアンタッチャブルで、その利害関係(力関係)に変更はないから。そして、後者のケースにおけるメディアとは、事態の当初からこの生臭いバリューチェーン形成に主体的に関与した「共犯」であり、前者のケースでとは全く立ち位置も関与度も異なります。

 ついでに申し上げると、亀田一派のバリューチェーンが堅固なのは、亀田の存在で「害を被る」側の力が非常に繊弱である影響も大きいです。亀田一派と「同じ穴の狢」で自縄自縛状態にあるJPBAの無力さは言うに及びませんが、数的に一番多いであろうアンチ亀田派の一般大衆にしても、亀田一派のやり口への違和感や嫌悪感という感情ベースでの反発が主であり、彼らの大半は実害を被っているわけではありません。いわば、只の「野次馬」。故に、ホリエモンや村上被告に対して成されたような具体的かつ実効的なパージ行動を、(声の大きさとは対照的に)アンチ亀田派は組織立って取るインセンティブに欠け、攻め手としての決定力に欠けるのです。

 「疑わしきは罰せられず」。ましてアンチ側に決定的な攻め手が無いのならば尚の事。この台風の目の中のような「騒動の中の安逸」という奇妙な状況下では、亀田一派は決してパージされません。自ら舞台を降りない限り。そう、細木数子がいまだメディアで大きな顔をしてられるのと同じように。

 逆に言えば、亀田家の誰か一人でも舞台から降りて、TBS-電通-協栄ジム-反社会勢力のバリューチェーンからはずれ、彼らに害を及ぼそうとした瞬間に、亀田家は徹底的にパージされるでしょう。それこそ「昨日までの味方から」「何も口にすることができなくなるまで」。それが分かっているから、哀れな亀田家は自業自得ながら死ぬまで舞台から降りることはできないのです(せめてもう少し頭使って逃げ道のあるコメントをすれば、ちょっとは状況変わるんじゃねーの?とは思いますが(笑))。

 極言すると、亀田家を生贄にするなどしてバリューチェーンの一箇所を断ち切れば、今回の亀田劇場はすぐに自壊し、TBSその他の関係者は知らぬ顔の半兵衛を決め込んで逃げを打ち、ブームは速攻でジ・エンドということになると考えます。この時点で「亀田ブーム」に関する限り、問題の大半は解消されます。「騒動の中の安逸」という状況ならばこそのイレギュラーなバリューチェーンはどんなに規模が大きくあっても、その内実は単純で局地的な「構造的問題未満」のものですから。これも、メディアがバリューチェーンの部外者であったが故に、メディア関係者間内部の構造的な諸問題がそのまま残された前者のケースとは異なるところです。

 切込隊長氏の持っている問題意識自体は正しいと思いますが、ホリエモンや村上被告のケースと亀田一派のケースとでは、各々におけるメディアの立ち位置が異なり、当然各々のケースにおいて求められる対処法も異なるということを申し上げたく、少しばかり持論を述べてみたりしました。草々。

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